ドラマの書き方

楠本幸男

第6回 セリフとは何か?

戯曲は話し言葉ですから、難しい言葉を使う必要はありません。漢字をあまり知らなくても書けます。もちろん、登場人物の設定によっては、わざと難しい言葉をしゃべらせることによって人物形象をすることはありますが。

戯曲は誰にでも書けるのです。しかし、いい戯曲を書くのは難しい。それでは戯曲に書かれるセリフとは何でしょうか。セリフはふつうダイアローグ(対話)形式で書かれます。そして、いいセリフは限りなく詩に近い。つまり、いいセリフには多くの内容が凝縮されています。セリフからその人の性格や教養を判断することができます。ダイアローグから、二人の人間関係を知ることができますし、どのような国に住み、どのうような状況におかれているのかもわかるのです。「ええ…あの…」「なに?」「いや、ちょっと…」のように、ほとんど意味のない言葉のやりとりの連続で、登場人物の心理状態や人間関係を表すこともできます。一方、劇作家であり、小説家でもある井上ひさしさんなんかはまた独特で、「ええ」「はあ」「う…」のような意味のない言葉はほとんど使いません。言葉を厳選し言葉のイメージを最大限に利用しているといえるでしょう。これもまた作家の個性です。

戯曲はふつう上演を前提に書かれます。したがって、どんなに長くとも3時間くらいには収めなければならない。この制約がまた、戯曲のいい面でもあると思います。したがって、作者がどんなに深く、壮大なテーマに挑んでも、3時間程度になるよう凝縮しなければならないのです。観客の側としたら、長編小説を読んだときのような感動を2、3時間の観劇で得られるのですから、せっかち人間には都合がよいですね。もちろん、それほどの名作に出会えることは滅多にありませんが。この事情は映画でも小説でも同様でしょう。

さて、私は作品を書くと3、4回書き直し、第4,5稿目で上演に至ります。構成に若干変更を加える書き直しもありますが、その多くは、余計なセリフをカットするのです。私たちの日常の会話は最小の言葉で意味を伝えようとします。ところが、テーマを決めて人物の設定をしていざ書き始めると、どうしても説明的な部分ができてしまうのです。私はできれば、書き直しをしなくても、初稿で上演に耐えうるような戯曲がかければと願っていますが、なかなか難しいようです。でも、著名な劇作家、ベテランの劇作家でも2回3回と書き直しをするそうですから、戯曲というものはそういうものなのかもしれません。

(2008.5.5)

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