ドラマの書き方

楠本幸男

第9回 ラストをどうするか?

この問題は、作家にとって悩ましい問題です。ラストというのは、舞台の「締め」ですから、作品全体の印象を凝縮し、なんらかのまとまった印象を見た人に与えなければなりません。私の経験では、だいたい、ラストがうまくいった場合は、作品が成功していることが多いようです。若いときは、苦し紛れに、踊りや歌で終わったりしました。しかし、それは作者の独りよがりで、歌や踊りの必然性がなければ、観客になんの感動も与えないことを知りました。

見事だと思ったラストの一つ。井上ひさしの『シャンハイムーン』。 中国の小説家魯迅を描いた評伝劇ですが、井上ひさしの傑作の一つだと思います。1934年、魯迅が中国国民党の暗殺者の目をのがれて、上海の内山書店というところにかくまわれる。体中をむしばむ病にくわえて、心の病気。心優しい日本人達に囲まれて、魯迅はしだいに心の平安を得るのだが………。
 これはプロローグとエピローグからなり、どちらも手紙の朗読で始まります。プロローグは魯迅が出した手紙7通。そして、エピローグでは、魯迅が死んだあと、彼に関わった日本人達(登場人物)が出した手紙が朗読される。魯迅の最後、死後の全集出版の話などにくわえて、登場人物のその後の生き方が暗示される。観客は深い余韻とともに劇場に残されるのです。

私は、だいたいプロットを組み立て、7割くらいの戯曲の設計図が出来てから書き始めます。もちろん、ラストもだいたい決まっていることも多い。ところが書いているうちに変わってきて、ラストがあらかじめ考えていたようには終われなくなるのです。そういうときには、七転八倒し、何度もラストを書きなおします。でも、結果としてうまくいかないことも多いようです。それにしても『シャンハイムーン』は見事に、プロローグとエピローグがきまっています。まるで、設計図どおりに収まったように見えるのですが、井上ひさしさんはどうだったのでしょう?

(2011.01.04)

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