ドラマの書き方

楠本幸男

第0回 ごあいさつ

「カレーでいいよ」

今回の「カレーでいいよ」の台詞は岡安伸治の『太平洋ベルトライン』のラスト。岡安伸治は1973年、「世二下之一座」という劇団を結成。70年代から80年代にかけて次々に作品を発表、自ら演出し、そのユニークな作風が注目され、演劇界に新風を吹き込みました。作品の特徴は、劇団名がよくその本質を表しているように、世の中を底辺から観察している視点。そして労働現場が生き生きと描かれていることに特徴があります。この作品では、東京、大阪間を東名高速道路で往復する運転手、石川を中心に描かれます。石川が運ぶのは、危険なアルキルアルミニウムだ。しかもジャストインタイム方式が普及し、運転手は眠くても途中で休むことを許されず、時間通りに納入しないと、会社は罰金を取られる。

石川は、眠たい目をこすりながら運転を続ける。高速道路を横切っての通行券交換、高速道路で出くわす事故渋滞、追突事故。一方、運転の合間に、家庭や会社での回想シーンが挿入される。疲れて家に帰ってきた石川は「またカレーか」と妻に愚痴をこぼす。会社では、低賃金と過酷な労働条件をなんとかしたいと石川は組合を作ろうと同僚を誘うが、食いついてこない。逆に会社からは、金一封卯をだすからと懐柔をうける。

結局、午後9時までに納入の予定が大幅に遅れ、翌未明に東京料金所に到着。雨の中、公衆電話で消防局に危険物通過の連絡をすると、石川は「さて、行くか。これが動かなきゃベルトが動かない」とトラックを動かす。そのあとに、ごく短い家庭のシーンが入る。妻の「お帰りなさい」に対して、石川は「カレーでいいよ」と言い、幕となる。

特段美しい台詞でもない。よく使われるありふれた日常の台詞だが、この作品の中ではなぜか印象に残る。カレーのようなファーストフードにすっかり慣らされてしまったともとれるし、妻とのちょっとした心の通じ合いを感じることもできる。冒頭の「またカレーかよ」の台詞とも整合し、観客は納得して拍手をする。作者はラストのこの台詞が思いつくまでによほど苦労したらしい。舞台稽古中にこの台詞をふと思いつき、「これだ!」と思ったと言う。

日夜物質を運び、日本産業を支える小さい運送会社。そこに働く労働者は、睡眠時間もままならぬ過酷な労働に身をさらす。組合もなく、事故を起こせば切られる、そんな状況を変えるには、まず夫婦という「集団」から固め、闘うしかないのだろうか。あるいは、闘うことをあきらめ、家庭という「集団」に逃げ込むべきか。

(2014.08.17)

つづく

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