物語の背景となる歴史

 時は戦国時代。紀州雑賀地方(現在の和歌山市と海南の一部を含む地域)は強力な鉄砲集団を持ち、全国から要請を受けて、傭兵として戦場で名をはせていた。なかでも十ヵ郷の鈴木孫一は武将として力を誇り、雑賀荘の土橋氏と勢力を競っていた。雑賀地方は十ヶ郷、宮郷、雑賀荘、中郷、南郷の5つの地域から構成されていたが、必ずしも一丸ではなく、雑賀荘、十ヶ郷と宮郷は土地を巡って争いが絶えず、時には血で血を洗う争いとなった。また、孫一と土橋若太夫は互いに競い合い、時に敵対関係となった。

 天亀元年(1570年)、石山本願寺と織田信長の間に戦争が始まると、一向宗信者の多い雑賀衆は、門跡、顕如の要請を受けて鉄砲隊が参戦し、孫一率いる部隊は緒戦でめざましい活躍をする。本願寺の征服をめざす信長は孫一の存在が邪魔で、京都に孫一と、下間頼兼(本願寺の軍事部門担当)の偽首を並べ、「大阪の左右の対称を討ち取った」と宣伝するが、孫一ら雑賀衆の勢いはおさまらなかった。

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