ゲーム時代の孫一

作・演出 楠本幸男

 郷土の「英雄」たる条件はなんだろうか。武力や政治力に長けた、民衆のリーダーとして活躍した人、個性豊かで優れた仕事を残した人、郷土のために命や財産をなげうって尽くした人………

 われらの孫一も、その優れた鉄砲の力で、外からの敵と戦い、一貫して紀州を守った人物であってほしい。ところがそうではなかった。たしかに孫一率いる雑賀鉄砲衆は強かったらしく、信長も手を焼いている。しかし、石山本願寺の合戦が終結した後、孫一は信長に接近し、信長の死後は秀吉に接近し、秀吉の太田攻めの際には、案内役や仲裁役を買って出たという記録もある。だが、孫一の一貫性のない生き方も、裏切り裏切られが常の戦国時代の武将の一般的な生き方でもあり、リアリティを感じるのだ。

 意外性に富んだ映画はこの上なく楽しい。「一体どうしてこんなストーリーを思いついたのだろう」と感心していると、最後に「この物語は実話であり…」というテロップが流れることがよくある。歴史というのは、大きく見れば法則性があるが、部分部分では、意外性に満ちている。それはまた、われわれの日常がおおむね退屈なものであるが、時に予想もしないことが起こり、ハラハラドキドキするのに似ている。私はこれまで史実や実話に基づかないまったくのフィクションを数多く書いてきた。秀吉の根来攻めを描いた「風吹にひびく唄」で初めて歴史劇に取り組んだ。歴史は安易なハッピーエンドを許さない。一人の生身の人間が生きた軌跡は、きれい事のストーリーを拒否する。

 鈴木孫一は案外、若い人に知られている。戦国時代のテレビゲームで孫一が登場し、相当戦闘レベルの高い武将として設定されているというのだ。私は一度もプレイしたことはないが、ゲームでは雑賀が民主的な惣国(共和国)として存在し続ける選択肢はあるのだろうか。

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