坂の途中から見えるもの

演出 山入 桂吾

 今年の正月、教師生活3年目に初めて卒業生として送り出した学年の同窓会に招待され、とある駅に降り立った。タクシーで会場まで行こうと思ったのだが、あいにくの雨で駅前のタクシーは出払ったままだった。

 待つこと数十分、ようやく一台戻ってきた。ふと後ろを見ると一人の若者が立っている。その風貌からして同窓会への出席者だろう。「○○ホテルへ行くんですか?一緒に乗りませんか?」と声をかけたところ、「お願いします」との返事。二人でタクシーに乗り込み、会場のホテルに向かった。

 車中で彼は高校の同窓会に参加するために今朝帰省してきたところで、同窓会のスタート時間が迫っているので焦っていたと話した。慌てて案内状を持たずに来ていた私は、彼と乗り合わせたおかげで遅刻しなくてよかったと心の中で感謝した。と同時に頭の中で必死に考えていたことがある。「彼の名前は何だろう?」

 もともと記憶力が乏しい私、特に人の名前を覚える能力に欠けていることは自覚している。といって「君の名前は?」とストレートに聞く勇気もない。そこでまず「3年生の時、担任は誰だった?」と訊ねてみた。「えっ?山入先生ですよ。僕のこと忘れたのですか?ひどいなあ…」となる危険性もあるが、一か八かだ。「3年の時ですか?U先生です」と答える彼。その先生の名前にも覚えのない私。必死になって思い出そうとしている間に、タクシーは会場に着いた。

 支払いを済ませ、ホテルに入ったその瞬間、謎は解けた。同じ高校だが卒業年度が違う同窓会が2つ開催されていたのだ。くだんの彼は私とは別の同窓会の受付に向かっていった。私は初春の光が降り注ぐロビーで、一時間ほど後に始まる受付を待つこととなった。

 人生の坂を上り下りしながら40代半ば過ぎまできた。今はどのあたりにいるのだろう?右往左往してきた自分の足跡を振り返り、先人の背中を見ながら、ぼちぼちと行こう。ゴールがいつなのかはわからないけれど。

Copyright 2012 演劇集団和歌山 All reserved.
inserted by FC2 system